新年号

本日担当の花野です。

新年号がいよいよ5月1日からスタートですね。年号についてのトリビアがあったので紹介します。

■トリビア1
日本には3つの年号ツールがある!!
まずは当然、元号だ。昭和○年や平成△年のように、元号+数字で記載される。もうひとつが西暦。「平成5年って、西暦何年だっけ?」のような疑問は日常的によくあるが、西暦表記も欠かせない。もうひとつが、「皇紀」だ。これは、正確には「神武天皇即位紀元」と称され、文字通り「初代天皇である神武天皇の即位を元年とする暦」である。神武天皇の即位は西暦で言うと紀元前660年。これで言うと、平成31年(2019年)は皇紀2679年ということになる。神道や古武道関係者の中には皇紀を用いる人も多い。
■トリビア2
公共機関は元号でも西暦でもどちらを使ってもかまわない!!
元号は政令で公布されるため、公共機関は元号表記を用いるのが正しいのではないかと思うはずだ。実際、多くの公共機関で元号表記が見受けられるが、元号表記(和暦)のみ、元号と西暦の併記、西暦に統一、などのきちんとした方針はなく、各省庁や自治体の個別の判断に委ねるとされる。慣例で元号を使ってきた省庁や自治体が多いため、改元前後の国民生活への影響や混乱を避けるためゆるやかな運用となるという。
■トリビア3
元号で使用された漢字でもっとも多いのは「永」だった!!
平安~江戸時代に多く用いられており(29回)、「永観」「永延」「永暦」「応永」「永和」「寛永」……など枚挙にいとまがない。ちなみに、よく使われるベスト5を発表すると、2位は「元」「天」が27回で同順。第4位は「治」の21回、第5位は「応」の20回となっている。元号には「よい意味を持つ漢字」「過去に使ったことのある漢字」が多く使われる傾向にあるため、ヘビーローテーションされてしまうのだろう。
■トリビア4
元号の使用期間の平均は“たったの5年”だった!!
初めて元号が付けられた「大化」以来、現在の「平成」に至るまで、ひとつの元号が使われていた期間はどれぐらいか? 計算してみれば分かるが、なんとたったの5年とちょっと(元号空白期間を除く)。現在の「一世一元」制度になったのは明治以降なので、それ以前はコロコロ変わっていた。一代の天皇で8回も元号が変わったことも。そう考えると「平成」の年間は平均の6倍も長いというわけだ。
■トリビア5
かつて4文字の元号があった
元号といえば「昭和」「平成」など漢字二文字が当たり前のように感じるが、実は昭和以前には文字数の規定はなかった(現在は“漢字二文字”に規定)。実際に奈良時代には“漢字四文字”の元号が存在している。「天平感宝(」749年)「、天平勝宝(」749~757年)、「天平宝字」(757~765年)、「天平神護」(765~767年)、「神護景雲」(767~770年)の5つで749~770年に集中している。
■トリビア6
元号制度が定着したのは「大宝」から
「大宝」(701年)という元号で思い出すのは「大宝律令」。日本初の本格的な法令制度と言われる大宝律令の中に「公文書には元号を入れる」と記されたことで実質的に日本の元号制度が正式にスタートした。ちなみにこの大宝律令で初めて明記されたのが「国号を“日本”とする」。元号制の始まりと共に“日本”も始まったのだ。
■トリビア7
ガセネタ”で付けられた元号がある
701年、「対馬から金が献上された」という吉報が朝廷に届いた。それまで日本での金の産出例はなく、中国や朝鮮半島からの輸入に頼っていた。それが日本の対馬で金が採れたというのだからめでたい。早速改元しようとなって付けられたのが文字通り「大宝」(701~704年)。ところがこれ、まったくの嘘。この金は朝鮮半島の金を“対馬産”だと偽って、精錬業者と地元民が共謀して献上したものだと後に判明。つまりガセネタがきっかけで付けられた元号。“大宝”とは無念だったというわけ。
■トリビア8
“お肌がスベスベになったから”の理由で付けられた元号がある
時の元正天皇(女帝)は近江・美濃国に行幸した際に、多度山の美泉(現・岐阜県養老町)を訪れた。帰京後「お肌がスベスベになり、痛いところにつけると痛みがとれた」と、かの地の水を大絶賛。あまりの感動に付けられた元号が、その土地にちなんで「養老」(717~724年)。お肌にいい水が由来で改元するとは、これも“女帝”ならでは?
■トリビア9
スッポンが原因で改元されたことがある
奈良時代、珍しい亀(というかスッポン)が天皇に献上された。それが背中(甲羅)に“北斗七星”の模様がある超レアなスッポン。「これは天から授かった吉兆である」と喜んだ元明天皇(女帝)はさっそく元号を「霊亀」と改めた。奈良時代にはこうした“珍しい亀”きっかけで改元されたことがなんと4回もある。ちなみに「霊亀」への改元と共に元明天皇は娘の元正天皇へ譲位。これは日本の歴史上唯一の“母から娘への譲位”である。
■トリビア10
元号がない“空白期間”が2回ある
実は元号には2回の空白期間がある。654~686年の32年間。そして「朱鳥」という短い元号を挟んで再び686~701年の15年間。理由は元号制が始まったばかりで定着しておらず、さほど重要視されていなかったこと。この期間に天皇崩御や皇位継承に関する乱(壬申の乱など)が相次ぎ政権内がゴタゴタしていたことが挙げられる。
■トリビア11
ハレー彗星の出現にビビって付けられた元号がある
永延3年(989年)6月1日(現7月11日)に姿を現したハレー彗星は、その日以降毎晩出現し、人々を恐れさせた。記録によれば彗星の長さは肉眼で1.5mもの長さに及んだという。“不吉なことが起きる予兆に違いない”とすぐさま改元され「永祚」となったものの、改元直後に近畿一円が巨大台風に襲われ甚大な被害が出た。残念ながら改元効果はまったくなかったようだ。
■トリビア12
天皇が改元しても認められなかった元号がある
鎌倉時代末期の元徳3年(1331)、後醍醐天皇の倒幕計画が発覚。天皇は山城国笠置山に逃れて挙兵し、元号を「元弘」へ改元した。しかし鎌倉幕府はそれを認めず「元徳」のままの元号を使い続けた。そのうえ後醍醐天皇を廃位して、光厳天皇を即位させ、笠置山に逃れていた後醍醐天皇を攻めて隠岐島へと配流した。元号が認められないどころか、天皇の座も追われてしまったのだ。
■トリビア13
元号が2つ同時にあった時代がある
日本の歴史上、同時に2人の天皇が存在した時代がある。南北朝時代(1331~1392)だ。この時代は北朝側が付ける元号と南朝側が付ける元号の2つの元号が並行して存在していたことになる。最終的に南北朝合一が成立して北朝側の「明徳」に統一されるまでの約61年もの長きにわたって同時に2つの元号が存在していた。
■トリビア14
改元が原因で信長に追放された足利義昭
室町幕府最後の将軍・足利義昭は、将軍職に就いて半年ほど後に「元亀」への改元を朝廷に申し出る。室町時代には幕府の権威のもと将軍(義満など)が実質的な改元を担う場合があった。その例にならって申し出た義昭だったがこの申し出をよしとしなかったのが義昭を将軍職に担いだ織田信長。しかし義昭は信長が越前の朝倉氏を討ちに出陣した隙に改元を実行。改元を認めない信長だったが義昭は言うことを聞かず、信長の逆鱗に触れた義昭は将軍職を解かれ、京から追放されてしまったのだ。
■トリビア15
「明治」はくじ引きで決まった
慶応4年(1868)に新天皇が即位すると、新たな時代の幕開けと共に新たな元号「明治」に改元された。この時いくつかあった候補の中から、宮中賢所において天皇自らがくじを引いて選んだのが「明治」。実はこの「明治」はこれまでにも何度も候補に挙がっていたが付けられてこなかった。神聖なる天皇のくじ引きにより、ようやく日の目を見た元号なのだ。
■トリビア16
「昭和」は実は「光文」だった!?
「大正」から「昭和」への改元の際に起こった有名な事件が“光文事件”だ。当時の東京日日新聞(現・毎日新聞)が正式発表の前に「新元号は光文」と号外を出して大スクープ。ところがいざ蓋を開けてみると新元号は「昭和」。どうやら最終案の前に候補に挙がった「光文」を、決定した元号だと勘違して世紀の大誤報を飛ばしてしまったらしい。
■トリビア17
実は「昭和」は途中で改元されるかもしれなかった
「昭和」は“昭和20年”の終戦を境にその前後で大きく体制が変わった。終戦直後は元号に関しても様々な意見が飛び交う。その中には「昭和を廃止して新元号を」という意見もあった。昭和から新元号への改元論の代表者が“憲政の神様”と呼ばれた尾崎行雄。しかし当時ちょうど朝鮮戦争が勃発したため、改元論はうやむやになりそのまま「昭和」が続くことに。
■トリビア18
「平成」は江戸時代にも元号の候補になっていた
江戸時代最後の元号となった「慶応」。実はこの「慶応」に改元される際に「平成」も候補にあったという。もしこの時「平成」が選ばれていたら、31年にわたって続いた現在の“平成の世”は存在しなかったというわけ。ちなみに「成」の字は「平成」以外には使われていない。意外にも「平」も平安時代末期の「平治」以来830年ぶりに使われた。
■トリビア19
「平成」は商標登録できなくなった
元号を名称に含む商品や企業は世の中にたくさんある。いままでは“現元号”以外の旧元号は商標登録することができたが、これからは現元号だけでなく旧元号もすべてで商標登録できなくなるという(『元号に関する商標の取扱いについて』平成30年6月特許庁)。理由はおそらく新元号になった途端に旧元号の「平成」の商標登録が乱発するのを防ぐため。「平成まんじゅう」「平成最中」なんていうお菓子の名前はもちろんアウト。

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